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【報告】特別講演「ジェンダーで読み解く仏教と文化」

2025.11.21

2025年11月5日(水)11:00より本学大宮学舎東黌101教室において、特別講演「ジェンダーで読み解く仏教と文化」が開催された。

               記念撮影

 最初に鍋島直樹氏(本学教授)の趣旨説明ののち、岩田真美氏(大阪大谷大学教授)による特別講演がおこなわれた。岩田氏は現在は大阪大谷大学に所属しているが、本学でも2023年度まで教鞭を執られ、2020年度から2023年度の期間においては、本学ジェンダーと宗教研究センターにてセンター長にも奉職されていた。本講演では、近代仏教史に注目しつつジェンダーと仏教について話された。

 ジェンダー平等は、SDGsにおいても目標に掲げられる事項(目標5)であり、現代においても性差別や性暴力などさまざまな問題が依然として山積している。  日本においても、「無報酬の育児・介護や家事労働を認識・評価する」ことや「政治、経済、公共分野でのあらゆるレベルの意思決定において、完全かつ効果的な女性の参画」などまだまだ議論すべき項目は多い。世界経済フォーラムが公表した、日本のジェンダーギャップ指数によれば2024年は146カ国中118位、2025年も148カ国中118位であった。世界から見れば日本はジェンダー格差の大きい国であるとみなされているということである。

■ジェンダーについて考える

岩田真美氏

 ジェンダーは社会的・文化的に作られた性別を指す概念である。これは社会の中で形作られてきた「女らしさ」や「男らしさ」と換言することができる。知らず知らずのうちに内面化されてきた、「男らしさ」や「女らしさ」というジェンダーの規範に生きづらさやプレッシャーを抱える人も少なくないだろう。それは「自分が自分らしく生きる」ための課題ともいえる。  ジェンダーの視点はまたアカデミックな場においての新たな研究の可能性にもつながる。例えば歴史学でいえば、我々が学んだ歴史の教科書の登場人物はほとんどが男性の知識人や権力者であり、女性が出てくることは少ない。これは歴史の語られ方にも権力構造が持ち込まれてきたことを意味するのである。ジェンダー的視点からこれらを読み解くことは、これまでとは違う歴史の語り方を可能にするアプローチともいえる。

■ジェンダーと宗教文化について

 宗教も文化や社会における「ジェンダー」を形づくってきた側面がある。宗教においてもジェンダーの視点から内省し、宗教を見直す作業が必要であると岩田氏は述べる。例えば女人禁制の問題がある。

 比叡山や高野山や富士山など、さまざまな霊峰は近代以前は女人禁制であったが、それには宗教が大きく関わっていた。古代より日本においては山そのものが神と捉えられ、女性が足を踏み入れると天変地異が起こるなどの伝承もあった。また仏教においても、戒律の側面より女人が禁止される行為・項目が見受けられる。

さて石井公成氏『恋する仏教―アジア諸国の文学を育てた教え―』(集英社新書、2025年)において、仏教伝来を通じてさまざな文化が生み出されてきたことが指摘されている。日本の思想や言語、美術や芸能に至るまで仏教由来のものは意外と多い。『竹取物語』や『源氏物語』といった女性の立場を強調する文学作品にも『維摩経』などの経典が用いられており、女性像にも影響を与えている。仏教文化とジェンダーは多角的な視点をもって検討する必要があると岩田氏は述べられる。

            特別公演の様子

■近現代の日本仏教とジェンダー

 近代社会の中で根付いたジェンダー意識はどのように仏教とかかわり、現代に至るのか、そのことを紐解くには近代仏教を解明する必要がある。そしてジェンダー視点は近代仏教を論じる上でも不可欠である。本講義ではとくに浄土真宗に注目しつつ講演がなされた。

 1872年の太政官布告第133号、僧侶の「肉食妻帯」許可は日本独自の仏教観・男女観を形成するに至った。日本仏教はそれまでの「出家主義」的なあり方から、いわば「真宗化」されたと指摘されることがある。そして近代になって僧侶は「身分」から「職分」へと再規定されることになる。すなわち、寺院は僧侶が妻子とともに住む家庭生活の場となり、子どもによって継承される世襲制が慣習化することになる。これは浄土真宗においては太政官布告以前からなされていたことであるから「日本仏教の真宗化」と表現されたのである。こうした意味でも、真宗は近代仏教のロールモデルとなっていく。

 また近代においては大日本帝国憲法の発布や民法により、「家」を重視する家父長制が確立していくことになった。仏教寺院はこの制度と結びついて、近世の寺檀制度が廃止された後も、「家」の墓の管理や儀礼をおこなうようになる。このような近代の制度は、中世より世襲制を維持してきた真宗寺院と親和性が高かった。

 また寺院における坊守(住職の配偶者)の役割が早くより確立されてきたのも真宗である。ただし、近世の真宗僧侶が著した書物を見ると、女性について否定的な言説は散見される。それは五障三従などの考えに起因するものであろう。一方で、坊守には寺院内での後継者の養育、門徒への接遇など、住職とは別に役割があるとされた。つまり、性別役割分担がすでに成立していたということも指摘できる。これは近代以降、日本に定着する「母性」の概念とも重ねて論じられるようになっていく。一方で、大正デモクラシーが高揚する中、女性解放運動が広がると上述のような五障三従や変成男子といった考えに懐疑的な意見を持つ女性が婦人雑誌を通して声を上げ始め、「時代錯誤」ではないかという言説もあらわれるようになるのである。

■現代の問題

 森岡清美氏は『真宗教団と「家」制度』(法蔵館、新版2018年)において、戦後に民法が改正され、「家」制度が廃止された中で、寺院はなおも「家」制度や世襲制が強力に維持されており、それは「信仰団体としての致命的限界」ではないかと指摘する。これについて岩田氏は、こうした慣習がジェンダーの規範にも影響を与えており、現代の真宗学者や僧侶のみならず、仏教全体で解決すべきであると述べられる。家族のあり方が多様化していく中で、ジェンダーは伝道の現場や社会実践においても重要な課題であると提起した。  最後に岩田氏はこれらを踏まえた上で、持続可能な教団や寺院を考えていくときにジェンダーは避けて通れない問題であり、さまざまな視点から研究すべき課題であると述べ、講演を締め括られた。

山本未久氏(本学大学院日本史学博士後期課程)

 講演ののち、山本未久氏(日本史学博士後期課程)によるレスポンスがおこなわれた。「いまだに女人禁制が残る伝統や習慣は多くのこるが、時代と共に形作られてきたものである。それらの伝統も変えるべきものであるかどうなのか」という山本氏の問いに対し岩田氏は、時代によって社会の中で構築されたジェンダーの規範は私たちの行動によって変えることもできる。そのためには開かれた議論や対話をする場を設けることが必要であると述べられた。

 最後に鍋島本学教授はジェンダー平等とは何かというそもそもの問いを考え直し、話し合う場を作ることが大切であると総括され、講演は盛況のうちに閉会となった。 閉会後、下記の通り受講者よるコメントバックがおこなわれた。「自分らしく生きることが大切である」「他人事として捉えるべきではない」など示唆に富む感想が多く寄せられた。

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