Center for Humanities, Science and Religion (CHSR)

人間・科学・宗教オープン・リサーチ・センター

研究体制

研究体制 三つの研究領域

(1)第一研究領域 宗教と実践基礎研究

世界の苦悩に向き合う仏教の智慧と慈悲の学際的研究
ー平和・環境保護・宗教者間交流・縁起的生命観の醸成(金子みすゞ等の研究)
宗教的実践とは、まず相手の苦悩に心を寄せて、相手の価値観を尊重することである。また、宗教の救済観を依りどころにして、相手の求めに応じた教説を分かち合うことである。大悲に抱かれ、同朋として、困難にあえぐ人の話を聞き、相手の人生をまるごと認めるところから宗教的実践が始まる。ケアとは、苦境の中で相手が示す優しさや真心に学ぶことである。礼拝は、忙しい日常の中で自己をふりかえり、大切なものに気づかせる。親鸞浄土教の実践理念は、「御同朋御同行」「自信教人信」「摂取不捨」「報恩感謝」「常行大悲」「ぬくもりとおかげさま」「屑籠のように悩みを受けとめる」「くつろぎ」などと表現されている。
分断や差別のたえない世界において、慈悲と非暴力を機軸とした平和構築が望まれる。仏教倫理は仏教の縁起的生命観に支えられている。「一切の生きとし生けるものは幸せであれ」(『スッタニパータ』147偈)「すべてのものは暴力におびえる。すべてのものにとって自己はいとしい。己が身にひきくらべて殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ」(『ダンマパダ』130偈)「世のなか安穏なれ仏法ひろまれ」(親鸞『御消息集』7)と説かれている。仏教は非暴力と平和の実現を願い、生きとし生けるものが支え合っていることを教える。仏教は地球環境保護や多様な生き方を尊重する。宗教者間交流は、自らの宗教を見つめ直す機会となる。宗教間対話は相互の宗教的死生観や平和観を学びあう機会となるだろう。
広島平和記念資料館や被爆寺院における被爆者講話と交流、同志社大学神学部やNCC宗教研究所の聖職者との宗教者間交流を行う。NCC(日本キリスト教協議会)宗教研究所の「日本の諸宗教研修と対話プログラム」(ISCP: Interreligious Study in Japan Program)と連携し、龍谷大学や本願寺において交流を行う。キリスト教文化に育ったEUの神学者と対話して、相互の宗教的実践や死生観をわかちあい、自らの宗教者としての可能性を探る。
仏教の縁起的生命観をわかりやすく教えるものに、金子みすゞ、宮澤賢治などの詩や作品がある。そうした作品考察や研究展示を通して縁起的生命観を涵養する。

(2)第二研究領域 演繹的研究

仏教・親鸞浄土教の死生観・グリーフケア研究
死生学(Thanatology)とは、『オックスフォード辞典』に、‶The scientific study of death and the practices associated with it, including the study of the needs of the terminally ill and their families. Origin, Mid 19th century: from Greek thanatos `death′+ -logy″ と説明される。日本では、一九七一年に翻訳出版されたエリザベス・キューブラー・ロス著『死の瞬間』(読売新聞社)や、一九七八年に翻訳出版されたⅤ・ジャンケレヴィッチ著、仲沢紀雄訳『死』(みすゞ書房)などが医療界を中心に注目され、一九八〇年代頃より、死生学(Thanatology)や死の準備教育が、日野原重明 、柏木哲夫 、アルフォンス・デーケン 、田代俊孝 、島薗進 らによって広められた。死生学、死の準備教育とは、身近な人々の死や自分自身の死を見つめ直すことを通して、より豊かに生きることを考えるものであり、死に直面している患者の生を支えるような感性も育てていこうとする学際的研究である。
グリーフケアとは、大切な人やものを喪失する悲しみ(グリーフ)を理解し、悲しみの中で亡き人と共に生きることを援助することである。グリーフは、家族や自分自身の病気、ペットの死、生き別れ、死別、学校や職場におけるいじめ、友達との別れ、失恋、卒業、離婚、孤立、挫折、失業などによって引き起こされる。悲しみには後悔が伴う。しかも人は死別の悲しみを経験することを通して、亡き人から受けた愛情に気づく。深い悲しみから、他者や自然への慈しみも生まれてくる。喪失の悲しみは、大切なものが何かを教えてくれる。それぞれの時代に、宗教・思想が誕生した背景には、人々に深い悲しみや迫害があった。そしてその深い悲しみからこそ、生き抜く宗教的な智慧と慈しみが生み出されていった。グリーフケア講座では、悲しみを理解し、悲しみを見つめることを通して生きることの意味、死の意味を考える。
日本グリーフ・ビリーブメント学会の研究活動や学会大会を支援する。龍谷大学の黒川雅代子教授や関西学院大学人間福祉学部人間科学科坂口幸弘教授の研究を人間・科学・宗教オープン・リサーチ・センターとして推進する。

————————————
1 Definition of thanatology in English, Oxford Living Dictionaries, Oxford University Press, 2019
2 日野原重明『延命の医学から生命(いのち)を与えるケアへ』、医学書院、1983年
3 柏木哲夫『死にゆく人々へのケア』、医学書院、1978年
4 アルフォンス・デーケン、曽野綾子編『生と死を考える』、春秋社、1984年
5 田代俊孝『親鸞の生と死 デス・エデュケーションの立場から』ⅰ~ⅱ頁、法蔵館、2004年
6 島薗進・竹内整一編『死生学1死生学とは何か』、東京大学大学院人文社会系研究科、2008年

(3)第三研究領域 帰納的研究

仏教者の社会的活動の研究
医療と社会福祉と仏教の連携によるビハーラ活動と臨床宗教師
自殺予防と自死遺族の支援
東北大学大学院文学研究科実践宗教学寄附講座と龍谷大学大学院実践真宗学研究科の臨床宗教師研修は、スピリチュアルケアと宗教的ケア、グリーフケアを理論と臨床の両面から教育研究している。臨床宗教師は一人ひとりの解決のつかない課題に向き合い、相手と共に答えを探す宗教者である。宗教者は医師、看護師ら専門職とチームを組んで、ケア対象者の悲しみや苦しみに全人的に向き合い、その人の支えとなるものとのつながりを再確認し、生きる力を取り戻せるように支援する。生きる意味、死の不安などについて、ケア対象者の人生観、信仰を尊重して支えることが臨床宗教師に求められる。死が迫った患者とその家族、災害や新型コロナウイルスで愛する人を失った人たちには、その喪失に伴う悲しみや後悔が残っている。臨床宗教師研修は、宗教者として全存在をかけて人々の苦悩や悲嘆に心を寄せ、そこから感じ取られるその人の宗教性を尊重し、公共空間で実践可能な「スピリチュアルケア」と「宗教的ケア」を学ぶことを目的とする。患者は苦しみの中でも、ささやかな楽しみを求めている。病床で笑うことは心和らぐ。患者の心のケアとは、全人的な苦しみにあえぐ患者のそばにいて、うれしかったことや辛かったことに耳を傾け、様々な面を持つ患者の人生をまるごと認めることであるといえるだろう。この研究は、実践真宗学研究科と連携し、大震災被災地の遺族との交流、あそかビハーラ病院緩和ケア施設、特別養護老人ホームビハーラ本願寺、常清の里、神戸赤十字病院など現場での研修を行い、特別講義、傾聴、シンポジウム、ふりかえりのドキュメンタリーフィルム製作を行う。新春シンポジウム「臨床宗教師の反省と展望」を開催予定である。
できれば、自殺予防対策と自死遺族の支援の研究に取り組む。日本は、自死で亡くなられる方が平成10年以降年間3万人を超え、平成23年は3万人を下回った。社会的な施策として、平成18年6月に「自殺対策基本法」が成立し、平成20年3月厚生労働省が招集した有識者検討会により「自殺未遂者・自殺者親族等のケアに関するガイドライン作成のための指針」が公表された。救命救急センターでの自殺予防活動などの取り組みが始まっており、岩手医科大学や横浜市立大学では、自殺企図者に対するケア・モデルを作成し、未遂者の家族および未遂者本人へのケアが実践されている。
2020年から2022年、新型コロナウイルス感染拡大の不安と緊張がつづく中で、自殺者が増えた。自殺が増加した背景について、厚生労働省は、新型コロナウイルス感染拡大による経済的な影響や生活環境の変化、学校の休校、外出自粛などが影響した可能性があるとしている。また、NPO法人ライフリンクの清水康之代表は、HPで「自殺は複数の要因が連鎖して起きることが多い」と語る。在宅勤務での親子関係の変化、失業、家庭内暴力、いじめ、著名人の自殺報道が連鎖して、女性や若者の自傷行為や自殺が増加しているかもしれない。
日本では、大学生を含めた若者の死亡原因の第1位が自殺である。日本の自殺死亡率(人口10万人当たりの自殺者数)は、欧米の自殺死亡率をはるかに上回り、高い水準となっている。大学生をはじめ青年期にあっては、学校生活でのいじめ、失恋、勉学不振、就職の不安に悩み、家庭内問題、薬物依存などに直面して悩む。実際に、友人や家族が自殺するという悲しみに遭遇することもある。成人では、40歳代~60歳代の自殺が過去に比べて増加した。健康問題、失業などの勤務問題、多重債務などの経済問題、男女問題が重なり、犯罪にも巻き込まれて、個人の力ではどうすることもできない事態から自殺が生じている。自殺は個人の問題ではなく、その人が生きている社会や経済の闇を映し出している。自殺の現状、自殺の危険を示すサインを理解し、自殺を防止するとともに、自死遺族に寄り添うことが求められる。親鸞は「さるべき業縁のもよほさばいかなるふるまひもすべし」『歎異抄』第十三章と説いた。人はいのちの尊さを自覚していても、すさんだ状況によっては思いもかけない行動をとってしまうものだろう。貧困と飢饉に喘ぐ時代、親鸞は「臨終の善悪をば申さず」と仲間に手紙を送り、いかなる死も愛しく尊いと受けとめた。自死の問題を、医療・経済・生活対策レベル、宗教的な救いの角度から見つめたい。
京都府福祉・援護課の自殺対策推進室と連携し、自殺対策と自死遺族のケアを考える講座開講や、京都自死自殺相談センター(SOTTO)などに協力いただいて研究を進めたい。

センター長:鍋島直樹 第三研究領域
副センター長:黒川雅代子 第二研究領域
副センター長:玉木興慈 第一研究領域
国際研究交流推進:那須英勝・嵩満也
アドバイザー:井上善幸、高田文英

文学部仏教学科教授 藤丸要
文学部客員教授 大学院実践真宗学研究科 貴島信行 布教使養成
文学部教授 大学院実践真宗学研究科 森田敬史
文学部教授 大学院実践真宗学研究科 中村陽子
文学部教授 大学院実践真宗学研究科 葛野洋明
文学部真宗学科教授 鍋島直樹
文学部真宗学科教授 那須英勝
文学部真宗学科教授 武田晋
文学部真宗学科教授 殿内恒
文学部真宗学科教授 杉岡孝紀
文学部真宗学科教授 玉木興慈
文学部真宗学科准教授 能美潤史
文学部真宗学科准教授 内田准心
文学部真宗学科准教授 内手弘太
法学部教授 井上善幸
文学部教授 高田文英
社会学部教授 井上見淳
農学部准教授 打本弘祐
短期大学部准教授 佐々木大悟
大学院実践真宗学研究科非常勤講師 中平了悟
文学部臨床心理学科教授 吾勝常行
短期大学部教授 黒川雅代子
社会学部社会学科教授 猪瀬優理
山田智敬 世界仏教文化研究センター応用研究部門研究助手(RA)

学外 研究協力者
島薗進(東京大学大学院人文系研究科名誉教授)
鈴木岩弓(東北大学学長特命教授)
谷山洋三(東北大学大学院文学研究科教授)
高橋原(東北大学大学院文学研究科教授)
花岡尚樹(あそかビハーラ病院ビハーラ元室長)
新堀いづみ(同病院看護師)
村上典子(神戸赤十字病院心療内科部長、心療内科医)
増尾佐緒里(神戸赤十字病院心療内科、臨床心理士)
澤倫太郎(日本医師会総合政策研究機構、研究部長。日本医科大学女性診療科産科・遺伝診療科医師)
釋徹宗(相愛大学教授・宗教学)
寺本知生(浄土真宗本願寺派総合研究所副所長)
Daijaku Judith Kinst (Professor of Buddhist Chaplaincy, Institute of Buddhist Studies)
Richard K. Payne (Yehan Numata Professor of Japanese Buddhist Studies. Chair, IBS Publications Committee,
Institute of Buddhist Studies)
David Matsumoto, (President, Institute of Buddhist Studies, George and Sakaya Aratani Professor of
Contemporary Shin Buddhist Studies
Mark Unno (Professor of Religious Studies, Religious Studies Department Head, University of Oregon) “Darkness
and Light: The Narrative Self in Question”