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【報告】特別講義「親鸞 生涯と名宝ー特別展を開催して」【世界仏教文化研究センター応用研究部門 人間・科学・宗教オープン・リサーチ・センター】

2024.11.27

11月20日(水)11:00より東黌101教室において、上杉智英氏を招聘し、特別講義「親鸞 生涯と名宝ー特別展を開催して」が行われた。この上杉氏の特別講義は、文学部教授の鍋島直樹担当「真宗学概論A2」の受講生とともに学内外の研究者が221名参加した。

                上杉智英氏

 上杉氏は京都国立博物館で主任研究員として昨年度の「親鸞聖人生誕850年特別展 親鸞ー生涯と名宝ー(親鸞展)」に携われた。上杉氏の担当は書跡であり、その中でも仏教典籍が専門である。

 「親鸞展」は浄土真宗の開祖である親鸞の生誕850年を記念して、2023年3月25日〜5月21日の期間で京都国立博物館にて開催された。本講義では、「親鸞展」を振り返り展示品の特色や展示の意図についてお話いただいた。

 「親鸞展」の特色は、「親鸞展」であることである。すなわち、「西本願寺展」や「東本願寺展」、「専修寺展」など、特定の宗派に限定した展示ではないことである。浄土真宗は多くの宗派に分かれており、現在「真宗教団連合」には真宗十派(本願寺派、大谷派、高田派、佛光寺派、興正派、木辺派、出雲路派、誠照寺派、三門徒派、山元派)が加盟しているが、本展ではその真宗教団連合特別協力のもと、宗派の垣根を超えた総合的な展示がなされている。たとえば、親鸞の主著『教行信証』は、鎌倉時代に成立した古写本が三点(西本願寺本、坂東本、専修寺本)現存しており、それぞれ西本願寺・東本願寺・専修寺の寺宝としているが、これら鎌倉三本が揃って展示されたのは史上初のことである。また、親鸞自筆の消息も十二通が現存しており、それぞれ真宗諸派につたわっているが、それらが全て集結したことも史上初のことであった。出陳件数も親鸞に関わる展示会としては過去最多の181件であり、本展ではそれらをテーマごとに分けた7章構成で展示がおこなわれた。本講義では第1章、第2章、第5章を中心に解説がおこなわれた。

 第1章では「親鸞を導くもの」として、本尊や所依の経典、親鸞の師である七高僧についての展示がなされた。本尊である阿弥陀仏は、浄土真宗では木像・画像(えぞう)・名号本尊に大別される。中でも特徴的なのは名号本尊である。名号本尊は他宗でも安置されるが、たとえば浄土宗では六字名号(南無阿弥陀仏)は掛けられるが、九字名号(南無不可思議光如来)や十字名号(帰命尽十方無礙光如来)は存在しない。このように本尊からも浄土真宗の独自性が窺える。

 また、所依の経典の一つである『仏説阿弥陀経』の経文に親鸞が註を加えた『阿弥陀経註』も必読である。経文の上下左右にある空白に夥しく書き加えられた註記は、親鸞の修学の形跡が窺えるものとして興味深い。さらにもう一点注目すべきは、七高僧の一人である曇鸞の著作に親鸞が加点を施した、版本『往生論註』加点本である。鎌倉時代の木版印刷がすでに貴重である上に、親鸞の訓点や註記が朱筆されているのである。これにより『往生論註』を親鸞がいかに読んでいたのか、すなわち七高僧の教えが親鸞へといかに相承されたのかが窺えるのである。

 これらの典籍より、「南無阿弥陀仏一つで救われる」という念仏の教えの裏には緻密な研鑽があったことが知られるのである。

 第2章では「親鸞の生涯を」テーマに展示がなされた。親鸞の生涯を窺う上で不可欠な資料は覚如『親鸞伝絵』である。「伝絵」とは詞書が付された絵巻物であり、親鸞の生涯が鮮やかに映し出されている。その中でも注目すべきは往生の場面である。親鸞の往生は、日本浄土教では非常に珍しく来迎の模様が描かれないのである。平安期以降の日本浄土教では臨終正念が重要視され、臨終行儀のため多くの来迎図が描かれた。しかし親鸞の教えは、「臨終まつことなし来迎たのむことなし」つまり臨終に心を正して来迎の準備をする必要はなく、信心がさだまるその時に、往生することもまた決定している。まさに親鸞の教えが反映された絵伝なのである。 

 第5章は「親鸞のことば」として親鸞著作が並べられた。展示された22点中、実に17点が親鸞の自筆である。その中でも、上述の「坂東本」は親鸞自筆の『教行信証』として非常に貴重である。『教行信証』は浄土真宗において「立教開宗の根本聖典」とされており、『本典』とも呼称される。その筆跡からは親鸞が晩年まで何度も改訂を繰り返されていたことが指摘されており、まさに親鸞畢生の大著である。

井上見淳教授

 書面に鏤められる大量の抹消や加筆などの推敲の跡は、親鸞がいかに本書に心血を注いでいたかを物語っており、まさに浄土真宗の至宝である。また坂東本は近年に角筆が発見されたことも話題になった。角筆とは、先の尖った筆記具で墨を染めずに、紙面のくぼみで文字や合点などを書き入れたものであり、現在坂東本にはは870ヶ所の角筆が発見されている。これらの筆跡は、まさに展示会で実見しなければ体感することのできない特色といえるだろう。

 最後に上杉氏は、「親鸞展」を開催した所感として、他宗派の仏教関連の展示と比較すれば地味な展示会であったと語られた。しかし、その地味さが大切なのだと上杉氏は述べる。浄土真宗の文化財には、他宗の展示で出されるような華美な、また迫力溢れた仏教美術がない。それは「阿弥陀仏一仏によって万人がお念仏ひとつで救われる」という浄土真宗の教えを如実にあらわすものである。換言すれば、浄土真宗の教えでは、迫力のある仏像や豪華な写経、壮大な来迎図は往生に必要がないのである。地味であることが浄土真宗の特色であり、そして大切な部分なのである。

 そして、「親鸞展」で考えさせられることは、800年前の文化財を今、私が目にしていることの意味である。800年も残っていたということは、念仏の教えをよろこぶ人びとによって、その文化財が大切に守られてきたということである。先人が守り伝えてきてくれた文化財と、そこに込められた想いをこれからも大切に伝えていきたいという言葉で講義は締めくくられた。

 講義後、フロアーを代表して井上見淳社会学部教授よりコメントをいただいた。「親鸞展」を開催して嬉しかったことは何かとの質問に対して上杉氏は、貴重な文化財を実見できたことが何よりも嬉しかったが、それらを借用するときに、所蔵先の寺院や施設の人びとの顔も実見できたことが嬉しかったと述べられた。

なお、講義終了後には受講者から下記ファイルの通り、多くのコメントが寄せられた。

受講者コメント(PDFファイル)

記念写真

(文責:PD西村慶哉)