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【報告】クィア仏教学研究会「トランスジェンダー当事者住職からみた仏教」

2025.09.16

▲那須英勝氏

2025年8月29日(金)14:00より本学大宮学舎黎明館3階会議室においてクィア仏教学研究会「トランスジェンダー当事者住職からみた仏教」が開催された。

那須英勝氏(本学教授)・宇治和貴氏(筑紫女学園大学教授)による挨拶・趣旨説明ののち、柴谷宗叔氏(真言宗性善寺住職)による講演が行われた。柴谷氏は自身の経験をもとにトランスジェンダーと仏教そして日本社会の変遷について話された。

柴谷氏は小学校の頃より自身の性別に違和感を抱き始める。しかし、当時はトランスジェンダーという言葉もまだ一般的に普及しておらず、柴谷氏は誰にも相談できず男性を演じ続けた。柴谷氏は寺院出身ではなかったが、四国巡礼や阪神大震災が契機となり高野山大学大学院に入学し、僧籍も取得する。その頃より性別適合手術に向けて通院を開始する。そして大学院在籍時にトランスジェンダーであることを大学にカミングアウトし、高野山では初めてトランスジェンダーとして僧籍の性別を変更をおこなう。女人禁制が残る高野山においては画期であった。柴谷氏は、「僧侶が変わっていかなければ、宗門も変わっていかない」と語気を強める。現在は、大阪・性善寺住職をはじめ各職に奉職しつつ各地で講演活動をおこなっている。

▲柴谷宗叔氏

性善寺という名称には、「性の話をするのは悪ではない」「性善説」の意が込められていると柴谷氏は述べる。当寺では性的マイノリティの相談サポートも行われており、自身の望む性での戒名や、子どものいない方の永代供養、同性カップルの仏前結婚式なども執り行われる。当初は数奇な目で寺院を眺める近隣住人も少なくなかったが、だんだんと「他のお寺と変わらないじゃないか」と、足を運んでくだささるシスジェンダーの方々も増えてきたという。

さて、電通総研が2015年に行った調査ではLGBT層に該当する人は7.6%であったが、2018年の調査では8.9%に増加している。この増加は、今までLGBT当事者であることを隠してきた方々が表に出てきたためだと考えられ、実数はさらに多いものと想定されるのである。その点からすれば、まだまだ社会や宗教が果たすべき課題は多く残されているだろう。

そもそも古来より日本に伝わる宗教において、明確に同性愛や異性装を禁じているものはなく、日本においてもそれらは肯定的に捉えられてきた。『古事記』や『日本書紀』を見ても、天照大神をはじめ多くの登場人物が異性装をしている、もしくはそう看取できる記述が散見されるのである。しかし現代社会の制度では、同性愛者はさまざまな不利益を被ることも少なくない。同性婚やそれに付随する法的権利・制度の問題はその最たる例であろう。

さて、日本仏教においては同性婚をどう考えていくべきであろうか。実のところ、経典に直接的に同性愛に言及する教説は見当たらない。しかし、示唆に富む記述は散在する。たとえば『法華経』に説かれる「変成男子」は、女性が男性のすがたに変成することで成仏が可能になるといった思想であり、一部から女性蔑視ではないかとも批判されてきた。しかし、この思想を、「性別を変更していても成仏できる」と解釈してもいいのではないかと柴谷氏は述べられた。時代思潮や状況に合わせて、さまざまに仏典を解釈されてもいいのではないか、と柴谷氏は提言され、講演は締めくくられた。

▲斉藤正美氏

講演ののち、斉藤正美氏(富山大学非常勤講師)によるレスポンスが行われた。斉藤氏は「誰がLGBTQを攻撃するのか」すなわち反ジェンダー運動をおこなっているのは誰かというテーマを主題に、現代社会の動向を踏まえつつ話された。

反ジェンダー運動( anti-gender movement)は、ジェンダーとはイデオロギーであり、男女という2つの生物学的性別しか認めないと主張する動きである。この動きは世界的に広がっている。

斉藤氏は現在のトランスジェンダーをはじめとしたLGBTQへのバッシング(反ジェンダー運動)は、90年代以降のマイノリティがさまざまな権利を保障されるような機会が増えてきたことに対する「揺り戻しの動き」が要因だと分析する。 米国では同性婚認可後のLGBTQに対する反対運動として、トランスジェンダーにターゲットを絞って攻撃をおこなうという戦略もあったという。日本では、2018年にお茶の水女子大学がトランスジェンダー学生の受入を表明して以降、バッシングが盛んになる。このように権利が保障されてくると、それに対する攻撃が激化していく。 2023年のLGBT理解増進法成立の過程から、トイレや入浴、スポーツの問題ばかりが取り沙汰されるようになり、そこに政治家が積極的に加わってくる。その点が重要である。

▲宇治和貴氏

さて斉藤氏は、日本における2000年代前後のフェミニズムやLGBTQへのバックラッシュの担い手として具体的に、当時の右派政党やそれを支持する右派宗教、そしてメディアやネット上の右派たちであると想定する。また近年はとくに、日本を含めて排外主義を主張する政党やその考えを持つ者が増加しており、ジェンダーという考えを排除しようとする動きが激化している。すなわち保守的な家族観、国家観を持つ団体、人々たちによる、女性やマイノリティの人々の社会的権利が保障されていくことに対する反発運動こそが、日本における反ジェンダー運動の根幹といえるだろう。

斉藤氏は、このまま反ジェンダー運動を等閑視していては、マイノリティへの差別にとどまらず、民主主義そのものが破壊される危険性があると主張し、広い範囲での連携の必要性を述べられレスポンスをしめ括られた。

その後、質疑応答がおこなわれ、参加者を交えた闊達な議論がおこなわれた。

それらの議論を踏まえつつ、柴谷氏は女性僧侶(尼僧)の地位向上が今後の宗教団体の課題であろうと指摘された。そして宗門を動かす熱意を持つ僧侶を増やすことが大切であると柴谷氏は述べられた。他にも議論は尽きず盛況のうちに閉会となった。

▲記念写真