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【報告】グリーフケア講座「臨床宗教師によるスタッフケアの実態と有効性」

2025.08.01

 7月16 日(水)13:30より本学大宮学舎清和館3階会議室において、宇佐美智瑞氏(実践真宗学研究科修了生・認定臨床宗教師・あそかビハーラ病院ビハーラ僧)を招いてグリーフケア講座「臨床宗教師によるスタッフケアの実態と有効性」が開催された。

 宇佐美氏は臨床宗教師のスタッフケアについて、特に看護師へのケアに注目し、報告をおこなった。
 臨床宗教師がケアをおこなう対象は、患者やその家族のみならず、医療現場において協働する医療スタッフもその対象である。しかし、スタッフケアについては未だに検討が不十分な点があり、氏によると大きく分けてふたつの課題が存在するという。

宇佐美智瑞氏


 一つは、スタッフケアの実態や方法について十分に明らかにされていないことである。先行研究では、臨床宗教師同様に医療現場で活動する宗教者であるチャプレンとビハーラ僧によるスタッフケアの場合、チャプレンは主にスタッフに対する面談や普段の会話などの「直接的な関わり」と、患者のケアに介入することでスタッフの心的ストレスが軽減する「間接的な関わり」をおこなう。一方、ビハーラ僧は、看護師が患者へのケアに「没入」することを防ぐことや患者のケアに関わることで、看護師個人のジレンマを代替的に昇華させる「間接的な関わり」をおこなう。看護師には、自身の業務の最中に、患者に会話を求められても応じることができない等の葛藤があり、そうした葛藤が看護師の疲弊に繋がるといわれており、そのような状況にチャプレンやビハーラ僧が患者のケアに介入することで、間接的に看護師の葛藤やジレンマを軽減させる可能性が指摘されている。また、スピリチュアルケアの専門職が継続的に活動する病院の事例では、スピリチュアルケアの専門職によって面談形式のスタッフケアがおこなわれており、面談によってケアの有効性を実感したスタッフが患者やその家族にもスピリチュアルケアを勧めるなどして、スピリチュアルケアへの理解が促進される可能性が言及されている。氏は以上のような既従の研究を踏まえて、スピリチュアルケアの事例が臨床宗教師の場合においても共通するのではないかと述べる。

 
 二つ目の課題には、臨床宗教師のケア対象であるスタッフ側の視点が欠けており、先行研究ではスタッフが何を以て「スタッフケア」と認識しているのかについての検証が不十分であることが述べられた。
 先行研究においておこなわれた某病院の臨床宗教師へインタビュー調査では、患者が亡くなられてから退院するまでの間に実施される「お別れ会」の意義について語られている。この調査では、「お別れ会」は患者の家族やスタッフのためだけでなく、医療スタッフにおいても気持ちの整理や切替えの手がかりとなることが明らかにされている。
 しかし、氏は会に参加した医療スタッフの声が拾われていないことを問題視したことで、臨床宗教師と医療スタッフの双方にインタビューをおこなう必要性を感じ、臨床宗教師と看護師に対するインタビュー調査をおこなった。

会場の様子

 調査では、臨床宗教師に対しては、医療スタッフへのケアの方法と、臨床宗教師におけるスタッフケアの独自性についてインタビューがおこなわれた。対して、看護師へは、➀臨床宗教師にスタッフケアの役割を期待するか、期待すると回答したスタッフに対してどのようなケアを期待するか、➁臨床宗教師のどのような働きが自身のケアになっていると感じるか、➂臨床宗教師が医療現場に存在することをどう感じるか、の三問について訊ねた。

  なお、調査は「臨床宗教師」の肩書きで活動がおこなわれている5施設(内、2施設が宗教的背景があり、3施設が宗教的背景はない)において、臨床宗教師5名と看護師7名を対象にして実施された。

 今回の報告では、調査対象者全員の個別のインタビュー内容が紹介されたのちに、全体の考察述べられた。その結果、氏は臨床宗教師と看護師によるスタッフケアの認識には差異があることを把握することができたという。

 氏によると、臨床宗教師が看護師に対しておこなうスタッフケアには、日常的なコミュニケーションのなかで、話しを聴くことや、デスカンファレンス(患者が亡くなった際におこなう情報共有の場)において肯定的なコメントをするなどの「直接的ケア」と、臨床宗教師が患者やその家族のケアに介入することで看護師の負担軽減の助けとなる「間接的ケア」のふたつに大別できたという。また、今回調査をおこなった5名の臨床宗教師全員が、スタッフとの日常的なコミュニケーションがスタッフケアに繋がると回答した。氏はこの回答について、臨床宗教師は業務のなかで日常的・継続的にコミュニケーションをはかって信頼関係を構築するほうが、日時や場所を決めて看護師に面談をおこなうよりも、臨床宗教師の役割に理解が得られると考えていることが窺えると述べる。さらにそうしたスタッフとの関わり方に「臨床宗教師ならでは」の部分があることを、臨床宗教師が自認している可能性に言及する。
 臨床宗教師によるスタッフケアは、医療スタッフそれぞれの悩みを解決することを目的とせず、同じ医療チームの仲間として悩みや想いをともにすることを重視するが、一方で、看護師はスタッフと臨床宗教師の一対一のケアではなく、医療現場全体での影響という視点から自身のケアを捉えていることが述べられた。
 氏は、看護師は臨床宗教師に直接自身の想いを語ることよりも、患者やその家族についての情報を臨床宗教師に共有をしてもらうことや、臨床宗教師の立場からフィードバックしてもらうことなどの「間接的ケア」が、自身のケア、すなわち「臨床宗教師によるスタッフケア」であると捉えていることを確認した。臨床宗教師が医療チームの一員として医療現場に存在することで、看護師はより多くのケアを患者に対しておこなうことが可能になり、さらに看護師自身の達成感へ繋がるという。


 氏は臨床宗教師のスタッフケアの有効性について、臨床宗教師と看護師間で認識の差はあるものの、間違いなく有効的であると考える。しかし看護師へのインタビューでは「医療現場で経験する心理的負担を臨床宗教師に相談したことはない」、あるいは「相談しようと思わない」という回答があり、氏はその要因として、臨床宗教師と看護師には、宗教者と医療者という立場の違いから、看護師が相談を躊躇ってしまう可能性を指摘する。そのほかでは、臨床宗教師の〈解決よりも悩みや苦しみをともにする〉という姿勢が、看護師が求める現在抱える課題の解決には適さず、そうした要求には心理士の方が適しているため、看護師は臨床宗教師ではなく心理士を頼りにする可能性が挙げられた。
 一方では、今回の調査において臨床宗教師に相談したことで気持ちが軽くなったというケースも二例存在したが、そのうちの一例は臨床宗教師と看護師の性別が同一であったことから、異性より同性には相談しやすいということも考えられると氏は説明する。

 氏はさいごに、スタッフケアとは、臨床宗教師が医療スタッフと悩みや苦しみ、時間をともにするなかで、その人の支えになるものをともに探すことであるのか、あるいは患者やその家族に対してケアをおこない、臨床宗教師と看護師が同じ目的を持って協働することで看護師が得られる達成感や負担軽減をいうのか、という疑問を会場に呈した。氏個人としては、今回の調査対象である看護師に限っては、患者やその家族に対してケアをおこなうことが「看護師としての自分らしさ」というアイデンティティを保つことであり、臨床宗教師がその助けをおこなうことが、看護師のケアとなっているのではないか、と見解を示した。臨床宗教師によるスタッフケアという役割が明らかになることで、臨床宗教師の活動が社会に広がるのではないか、という言葉で報告は結ばれた。

 報告後、鍋島直樹本学教授からコメントが寄せられた。鍋島教授は氏の報告を振り返り、臨床宗教師と看護師の考える「ケア」の認識の違いを知ることは重要であり、また、臨床宗教師が看護師のアイデンティティを支えるという氏の着眼点を評価した。さらに、鍋島教授は、「その人の必要に徹底的に仕えること」という柏木哲夫氏が『死にゆく人々へのケア―末期患者へのチームアプローチ―』(医学書院、1978年、3頁)のなかで記したケアの定義を紹介した。

鍋島直樹教授

 その意味において、ケアとは負担を軽減することや、話しを聴くことに限らず、その人が求める必要に援助することであり、一対一のケアを必要としない人に対して間接的なケアをおこなうことも、ケアのひとつのかたちであることが述べられた。

森田敬史教授

 また、森田敬史本学教授からは、氏が報告した臨床宗教師が医療現場に存在することのメリットについて、氏自身が臨床宗教師であるゆえの先入観や、インタビュー対象からの忖度などがあったことも考えられ、むしろデメリットになることはなかったかという指摘がなされた。また、ジェンダーの問題も重要であることが強調され、さらに「看護師らしさ」というアイデンティティに踏み込んで、看護師一個人のアイデンティティ、つまり、その人自身の人間性や実存に宗教者として介入することが可能なのではないか?というアドバイスがあった。

 氏は森田教授のアドバイスに対して、医療現場における臨床宗教師の男女比の統計はとられていないが、自身の体感では男性が多く感じる、その一方で看護師は女性が多いことを踏まえると、女性の臨床宗教師が医療現場に存在したら、調査の結果もかわってくるのではないか、と応答した。また、今後は医療現場に臨床宗教師が存在するデメリットについても現場の声を拾いたいという展望が述べられた。

 そのほかにも会場に参加した実践真宗学研究科の学生から多数のコメントが寄せられ、盛況のうちに閉幕した。

記念写真

(文責:RA山本未久)