研究活動

研究活動報告

2020年10月11日(日)「看仏連携研究会主催 第1回研修会」が開催されました。

本研修はオンライン開催であるが、主催者側と参加者の一部は本学梅田キャンパスにおける集会により開催された。

 

         会場の様子

 

 

     開会あいさつ

本研修会の開催に先立ち、河野秀一氏(株式会社サフィール・看仏連携研究会代表)より開会挨拶ならびに研修主旨について説明があった。

 

 

     講演「病院内における看護師と僧侶の連携と協働~長岡西病院ビハーラ病棟の事例から」

森田敬史(本学大学院実践真宗学研究科教授)は、長岡西病院ビハーラ病棟における常勤ビハーラ僧経験について発表を行なった。森田はスタッフからビハーラ僧の活躍が大きく期待されていたことを感じていたが、目に見えて改善される効果はごく一部に過ぎないとして、わかりづらい部分、すぐには解決しない部分に宗教の必要性があるのではないかとした。僧侶としての関わりには限界があること、無力な自分をわきまえることの必要性にも言及していく中で、生き切ろうとする一生懸命な方々へ、こころを寄せていくことしか出来ないことを強調した。

看護師と僧侶の連携と協働においては、どれ程の効果があったか基準に基づいた「デジタル的アプローチ」に加えて、患者側の視点に立った宗教者による変則的・流動的な「アナログ的アプローチ」の重要性について説明した。先入観を排して対機説法のような関わり方を行ない、ビハーラ提唱者・田宮仁の「仏教者屑籠論」を実践した上で、患者がすでに持っている答えに行き着ける交通整理をする立ち位置にいることが望ましいとした。

次に、エピソード紹介では、ある60代の女性患者から「3分で良いので、何も話さず、そこに居て」と言われ、その間、深い所でつながり居心地の良さを感じたこと、そして「こんな状況で良ければ、また来てくださいね」と言われたが、これが森田の聞いた最後の言葉となった。この時、担当看護師が患者と森田とを繋げる橋渡しの役割を担ったことが、連携となっていたという認識を示す。その後、当患者の「お別れ会」の実施により、ある看護師からは患者家族の表情が柔らかくなったという感謝の言葉が森田に伝えられた。仮にお別れ会がなければ、この看護師の引っかかりとなっていたのではないか、それが宗教により解消とまではいかないまでも、和らいだのではないかと森田は振り返りながら、各負担が軽くなるということが看護と仏教の連携・協働のおかげではないかと評価した。

最後に、連携と協働を通して生まれた隙間に対しては、宗教の人的資源を生かして対応する可能性を示唆し、生死の問題に関われるのは宗教者ではないかと結論を述べた。

 

         森田敬史

 

 

◎     パネルディスカッション「病院における看護師と僧侶の連携」では、坂野大徹氏(浄土宗僧侶/松阪市民病院緩和ケア病棟臨床宗教師)および小山富美子氏(がん看護専門看護師/神戸市立看護大学看護学部准教授)演者2名による発表が行なわれた。

 

◇ 坂野氏は、勤務する松阪市民病院緩和ケア病棟における活動について発表を行なった。厚生労働省「がんと診断された時の緩和ケアの推進」を紹介して、自身の経験によれば、患者はがんと診断された際にスピリチュアルペインが生じていることを指摘され、ケアの必要性があるとされた。

また、看仏連携について図を用いて説明されている。この図では医師、看護師、介護福祉士、社会福祉士、医療スタッフが一つの枠に入っており、坂野氏を含む臨床宗教師2名、宗教者・宗教者以外のボランティア、患者の所属する宗教・宗派の宗教者が、もう一つの枠に入っているというものである。特に臨床宗教師は、患者が亡くなるまでのスピリチュアルケアに関わる。なお、当院ではグリーフケアとして、月1回病棟内で遺族が喫茶をしながら話をする「虹の会(グリーフカフェ)」も主催していることが紹介された。

次に、臨床宗教師の活動説明では、患者の希望があれば病室を訪問、患者も聴いていることを前提に、来院した患者家族と話をする配慮も行なっている。また臨床宗教師とボランティアが、毎日デイルームを訪れる患者と茶を飲みながら話をし、外出支援として患者が帰宅を希望していたり、生活必需品を望んでいたりする際には病院の車で外出を行なうなどの活動を行なわれている。場合によっては、宗教的資源の提供として患者が希望する御詠歌のCDを貸し出す、亡くなった同じ入院患者の為に般若心経を唱える、患者死亡後は家族の希望で枕経を唱える、患者が入る予定の墓へ一緒に行き、そこで経を唱えるという活動を紹介された。

最後に、患者の平均在院日数は60日から半分の30日に減少した為、患者・家族とラポールを形成する時間が少なくなったことにも言及されながら、患者死亡後のスタッフケアは満足に出来ていない状態の為、課題としているとされた。

 

         坂野大徹氏

 

 

◇ 小山氏は看護師としての立場から発表を行ない、主に「医療の現場で看護が僧侶に支援してもらいたいこと」と題して、①「『生きること死ぬこと』に関する現場の葛藤に一緒に考えてくれる存在」と②「『死への恐れ』と『専門職としての成長』に葛藤する若い看護師に対する揺らぎへの支援」の2点を挙げている。

①では、小山氏は臨床宗教師に対して、各人の価値観に添って見守り、育ててくれるような印象を持っていることを表明して、患者のダイレクトケアの必要性もあることから、臨床宗教師が共に支援を行なうことをも希望された。そして、看護師は他職種と意見交換を行なう際に苦手とすることがある為、スピリチュアルペインを熟知している者が傍にいることが非常に心強いこと、またそれが看護師の技術力を高めることにもなるとされた。

②では、自身が基礎教育を行なう中で、学生たちが死への恐れを非常に感じている現状を懸念しており、彼らが看護師として携わる際には、利害関係が無い相談者が必要であるとされた。患者死亡後のデスケース・カンファレンスは、チームで悲嘆を支えて次に繋げていくことが最大目的であるが、熟練したファシリテーターが不在の場合は責めとなり、悲嘆から逃れられない看護師が存在するという認識を示された。中でも、緩和ケア病棟等の看護師の離職率は高く、マンパワーの不足が懸念されていることから違う視点による支援を希望されている。

この他にも小山氏は、死を見たことがない看護師がアイデンティティーを培う大事な時期に、COVID-19の影響により十分な支援と実習も受けられない為、自信を喪失しているということも指摘されている。そして、看護師としてのアイデンティティー形成前に、自身の死生観を問い直して話せる環境が存在しない点を懸念されて、他者であれば話せるのではないかとされた。さらに、現在ではサイエンスの部分が強く、アートの部分が育ちにくく見えにくいのが現状であるが、両者の均衡を崩せば良いケアの提供が損なわれ、看護らしさが出ないことも語られた。最後に、患者・家族のケアに悩んだ時、一緒に悩み、考えてもらえる者としてチームに入ってもらえることを希望された。

 

        小山富美子氏

 

 

◎     コメンテーターは、高橋由利子氏(九段坂病院医療連携部副部長/保健師/看護師/慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科非常勤講師)が務められた。

 

高橋氏は、医療者の時間確保が出来ない現状等について意見を述べられた。それを受けた坂野氏は、松阪市民病院緩和ケア病棟の看護師が可能な限り患者と時間を過ごして、患者の思いを聞き、残りの人生を過ごしていただくよう真摯に取り組む姿を見ている旨を述べた。患者と話をすると、医療者には言えない話を坂野氏にされることがあり、その中でも話し相手として自分を選んでくれたことに対して感謝しているとされた。中でも、クリスチャンの患者が自分に尽くしてくれる看護師の為に祈りたいことを希望されて、患者と共に「アーメン」と祈った興味深い経験等を語られた。

 

 

     講演「寺院が運営する訪問看護ステーションの実際」

大河内大博氏(浄土宗願生寺住職/訪問看護ステーションさっとさんが願生寺共同代表)は、自身のビハーラ僧の臨床経験等を踏まえて展開した「訪問看護ステーション さっとさんが願生寺」について発表された。本事業は訪問看護事業を行なうナースケア株式会社との業務連携を取り、願生寺の境内ではなく駅前の店舗を借りて2020年に開所された。

大河内氏は本事業を立ち上げた経緯を「社会の困難×お寺の困難」という見方により示された。だが、両者の困難を否定的に捉えるのではなく、むしろ、現在の私たちはどんな時代に生きて、どんな時代を生きるかという社会実験的要素を含めて考えたことにあるとされた。すでに寺壇制度は限界に達しており、これまで寺を支えていたメンバーシップが急加速的に弱体化していくことを指摘されながら、超多死社会といった様々な社会的問題について、宗教者の視点から死生観、スピリチュアルペイン、グリーフケアに関わる取り組みを行なっていくことを強調された。同時に、社会全体を宗教精神により支えていくことも大河内氏は重視され、全ての生きとし生けるものの命を大切としながら、どのようにそれを地域社会の中で実現していくかを「多職種連携社会」、「多死社会における当事者性」、「世代間継承」、「多様な価値観の尊重」という4点のキーワードから説明された。

訪問看護においては医療・福祉との連携が視野に入れられ、チャプレンとして患者宅を訪問するのみならず看護師ケアの一部を担い、これを在宅医療の医師と共有しながら地域における看取りに関わっていくことを示された上で、寺はこのような公共性を見付けていくべきことに言及された。とりわけ、寺壇関係以外の要素を寺がどのように紡いでいくかが重要であり、寺が社会の中でソーシャル・キャピタルという信頼関係を医療・福祉、檀信徒、地域住民、行政等と紡ぐことの重要性について強調された。


 

◎     グループワーク・意見交換「看取りで必要なもの」

 

ファシリテーターを務める鍋島直樹(本学大学院教授/臨床宗教師研修主任)は自己紹介の中で、自身が大学院生の頃、母親がリウマチに苦しんだ経験から死と病の孤独に置かれた方々に届く研究を志したことを述べた。25年間にわたり自宅で母を看取った際、特に看護師等の医療者による支えがあったことへ感謝しているとし、また今年亡くなった父親についても、看護師が最期まで喀痰吸引を行なったことで精一杯生き切ることが出来たことを振り返った。その意味において、僧侶は看護師無くして生きていけないことから連携の大切さを痛感しているとした。鍋島は臨床宗教師および臨床傾聴士の養成を通して、孤独の中に置き去りにせず、最後まで人生を全うできるように支援し、亡くなった後は愛情を育んでいくことに注力していることを述べながら、仏教思想についての説明も行なった。

 

 

その後、オンライン上で組分けが行なわれ、約20分間にわたりグループワークが開始された。

 

 

◇ 鍋島グループでは、鍋島が代表して「デジタル」と「アナログ」をキーワードであるとした。「デジタル」ではエビデンスを重視して、医師・看護師が処置をしてもらうことの大切さであり、「アナログ」ではセンサーを働かせてその人の表情、体の雰囲気等を通して気持ちを汲み取ることの両方が必要であるとした。これは小山氏が述べられた「サイエンス」と「アート」に近似していることについても言及した。「サイエンス」が何かの効果が出ているものであり、すぐに何も出ないものを大切にする「アート」は、看護師にも僧侶にも求められるものではないかとした。

 

 

◎     まとめ

高橋弘枝氏(公益社団法人大阪府看護協会会長)より、まとめの意見があった後、鍋島は高橋氏から深く示唆を受けたことに謝意を示して、看護師も僧侶も互いに異なった特性を生かしながら存在し、学び合い、認め合うことの大切さの重要性を述べた。また各演者の発表内容に言及しながら、臨床宗教師の将来的方向性について期待を寄せた。最後に、座長の河野氏よりまとめの挨拶があり、本研修会は盛況の内に終えた。

 

         河野秀一氏

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